「LEGOブロック」からみた創造性
金正勲→岩渕潤子様
■二つの創造性
日本画の専門家である村上さんが欧米の現代アート市場で活躍したということは大変興味深い事実ですね。私はこれには創造性の本質を考える上で重要なヒントが隠されていると思います。創造性には、無から有を生み出すいわゆる「ゼロからの創造性」と、既存のもの同士を創造的に組み合わせることで新しいものを生み出す「組み合わせによる創造性」の二種類があります。私はこれを説明する際、よくLEGOブロックのアナロジーを使いますが、つまり、LEGO自体を発明するのは前者のゼロからの創造性ですが、既存のLEGOブロックを創造的に組み合わせし、自分が描くイメージを形にすることを後者の組み合わせによる創造性と言えるでしょう。後者の創造性においては、全体のアーキテクチャーも重要ですが、誰も持っていない自分だけの秘密兵器となるLEGOブロックを持っていることは他者との差別化において非常に重要になります。村上さんの例で言えば、彼は欧米市場に今までなかった自分だけのLEGOブロック(=日本画又はその感覚)を持ち込み、それを自分の作品のコア要素として意識的に特徴付け、それまでのLEGOブロック(=欧米におけるアート)と見事に組み合わせたことによって成功を収めたのではないかと思います。
■芸術活動の目的とは
Amazonにおける村上さんの著書を巡っての賛否両論について、岩渕先生から興味深い分析をして頂きました。村上さんの活動に対する評価が分かれるのは、芸術活動とそれに付随する経済活動との関係性を、どう捉えるかによるところが大きいと思います。例えば、村上さんの作品を「経済的価値も高いが芸術的価値も高いもの」としてみるのか、それとも「経済的価値は高いが芸術的価値は低いもの」としてみるのか、というのは重要な基準軸の違いだと思います。つまり、ある芸術作品の経済的成功を芸術的成功として捉えるのか、それとも経済的成功・失敗とは関係なく、芸術的価値をだけを持って評価するのかという違い。そういう観点から言えば、村上さんを批判する方は二つのタイプがいて、一方は芸術的作品の経済的成功に対し一種のアレルギーを持っているタイプと、もう一方は自ら芸術的価値を判断する基準軸を持って、それに照らし合わせて村上さんの作品を評価するタイプの人がいる。
村上さんはどちらかといえば、「市場での成功≒芸術分野での成功」と考えるタイプで、市場での成功にかなりの焦点を当てながら、綿密に戦略を立てて実行に移すという、今までの日本のアートの世界から見れば異端児のようなもので、当然、風当たりも強いと思います。
■「コンテンツ政策」誕生の背景
文化政策で言えば、伝統的な文化政策の場合、経済的価値は低いが文化的価値は高い部門に補助金など支援を集中させてきたといえます。しかし、ここに来て文化政策と、(かなりの部分)重複する「コンテンツ政策」というのが登場した。その表現(=コンテンツ創造)活動がデジタル技術と結合することによって莫大な経済的価値を生み出すことが明らかになったことを受け、伝統的な文化政策を補完する形でコンテンツ政策が生まれてきたといえます。
管轄省庁でいえば、日本の場合、文化政策は文部科学省傘下の文化庁が中心的役割を担ってきたのに対し、コンテンツ政策の場合は経済産業省や総務省といった経済関連省庁が中心になっている。これは韓国などの諸外国にも見られる構図です。つまり、伝統的に文化政策関連省庁の管轄であった文化政策領域から、経済的な価値創出のポテンシャルが高いと思われる部門を切り出し「コンテンツ政策」という新しい名称を付けて振興政策を展開していく、というのが今のコンテンツ政策が生まれた背景であります。
そういう意味では、伝統的な文化政策が対象としていた、経済的価値は低いが芸術的価値は高いと思われる部門への支援から、芸術的価値は低いとしてもそれがもたらす経済的価値を生み出すポテンシャルが高いと判断される場合は、コンテンツ政策という名の下で積極的に支援策を講じていくという流れになっています。ただ、実際は近年のコンテンツ政策の大きな流れとしては、既存の文化政策を吸収する形で展開されていますことに注意したい。それはコンテンツ政策の政策目標に、文化の増進、富と雇用の創出による国家経済への貢献、ソフトパワーの増進、といった文化と経済領域を跨ぐ複数の政策目標が入り混じっているからでしょう。
■ユーザーが生み出す評価情報とWeb2.0の流行
Amazonの例でもう一つ興味深いのは、今までは新聞やテレビなどでプロによって一方向的に提供されてきた製品やサービスに対する「評価情報」が、今やユーザーによって生み出され、それが容易に検索可能になることで瞬時に流通・共有できるになったということです。これにはGoogleをはじめとする、いわゆるWeb2.0技術というのが重要な役割をするわけですが、岩渕先生はこの「Web2.0的な動き」について、どのような感想を持っていますか。
■二つの創造性
日本画の専門家である村上さんが欧米の現代アート市場で活躍したということは大変興味深い事実ですね。私はこれには創造性の本質を考える上で重要なヒントが隠されていると思います。創造性には、無から有を生み出すいわゆる「ゼロからの創造性」と、既存のもの同士を創造的に組み合わせることで新しいものを生み出す「組み合わせによる創造性」の二種類があります。私はこれを説明する際、よくLEGOブロックのアナロジーを使いますが、つまり、LEGO自体を発明するのは前者のゼロからの創造性ですが、既存のLEGOブロックを創造的に組み合わせし、自分が描くイメージを形にすることを後者の組み合わせによる創造性と言えるでしょう。後者の創造性においては、全体のアーキテクチャーも重要ですが、誰も持っていない自分だけの秘密兵器となるLEGOブロックを持っていることは他者との差別化において非常に重要になります。村上さんの例で言えば、彼は欧米市場に今までなかった自分だけのLEGOブロック(=日本画又はその感覚)を持ち込み、それを自分の作品のコア要素として意識的に特徴付け、それまでのLEGOブロック(=欧米におけるアート)と見事に組み合わせたことによって成功を収めたのではないかと思います。
■芸術活動の目的とは
Amazonにおける村上さんの著書を巡っての賛否両論について、岩渕先生から興味深い分析をして頂きました。村上さんの活動に対する評価が分かれるのは、芸術活動とそれに付随する経済活動との関係性を、どう捉えるかによるところが大きいと思います。例えば、村上さんの作品を「経済的価値も高いが芸術的価値も高いもの」としてみるのか、それとも「経済的価値は高いが芸術的価値は低いもの」としてみるのか、というのは重要な基準軸の違いだと思います。つまり、ある芸術作品の経済的成功を芸術的成功として捉えるのか、それとも経済的成功・失敗とは関係なく、芸術的価値をだけを持って評価するのかという違い。そういう観点から言えば、村上さんを批判する方は二つのタイプがいて、一方は芸術的作品の経済的成功に対し一種のアレルギーを持っているタイプと、もう一方は自ら芸術的価値を判断する基準軸を持って、それに照らし合わせて村上さんの作品を評価するタイプの人がいる。
村上さんはどちらかといえば、「市場での成功≒芸術分野での成功」と考えるタイプで、市場での成功にかなりの焦点を当てながら、綿密に戦略を立てて実行に移すという、今までの日本のアートの世界から見れば異端児のようなもので、当然、風当たりも強いと思います。
■「コンテンツ政策」誕生の背景
文化政策で言えば、伝統的な文化政策の場合、経済的価値は低いが文化的価値は高い部門に補助金など支援を集中させてきたといえます。しかし、ここに来て文化政策と、(かなりの部分)重複する「コンテンツ政策」というのが登場した。その表現(=コンテンツ創造)活動がデジタル技術と結合することによって莫大な経済的価値を生み出すことが明らかになったことを受け、伝統的な文化政策を補完する形でコンテンツ政策が生まれてきたといえます。
管轄省庁でいえば、日本の場合、文化政策は文部科学省傘下の文化庁が中心的役割を担ってきたのに対し、コンテンツ政策の場合は経済産業省や総務省といった経済関連省庁が中心になっている。これは韓国などの諸外国にも見られる構図です。つまり、伝統的に文化政策関連省庁の管轄であった文化政策領域から、経済的な価値創出のポテンシャルが高いと思われる部門を切り出し「コンテンツ政策」という新しい名称を付けて振興政策を展開していく、というのが今のコンテンツ政策が生まれた背景であります。
そういう意味では、伝統的な文化政策が対象としていた、経済的価値は低いが芸術的価値は高いと思われる部門への支援から、芸術的価値は低いとしてもそれがもたらす経済的価値を生み出すポテンシャルが高いと判断される場合は、コンテンツ政策という名の下で積極的に支援策を講じていくという流れになっています。ただ、実際は近年のコンテンツ政策の大きな流れとしては、既存の文化政策を吸収する形で展開されていますことに注意したい。それはコンテンツ政策の政策目標に、文化の増進、富と雇用の創出による国家経済への貢献、ソフトパワーの増進、といった文化と経済領域を跨ぐ複数の政策目標が入り混じっているからでしょう。
■ユーザーが生み出す評価情報とWeb2.0の流行
Amazonの例でもう一つ興味深いのは、今までは新聞やテレビなどでプロによって一方向的に提供されてきた製品やサービスに対する「評価情報」が、今やユーザーによって生み出され、それが容易に検索可能になることで瞬時に流通・共有できるになったということです。これにはGoogleをはじめとする、いわゆるWeb2.0技術というのが重要な役割をするわけですが、岩渕先生はこの「Web2.0的な動き」について、どのような感想を持っていますか。